きゃの録

きゃのの備忘録。

心の拠り所

ひとりめそめそして疎まれる女と、わあわあ泣き叫んでも受け入れてもらえる女は一体どこが違うんだろう。

私は圧倒的前者なので、後者の人をたまに羨ましく思う。
あれだけ自分を解放しながら、なおかつ受け入れられるなんて、贅沢だなあと感じてしまう。

こっちはひとりでどうにかけりをつけようとしているってのに。

めそめそするような暗い女はお断りってか。
そうなのかもしれない。

前の記事を書いたあと、家にいたら気が滅入る一方だったので本当にパン屋に向かってみた。
ずっと行こうと思っていた、少し遠くにある、ネットの評判が気になっていたパン屋さん。

いざ行ってみると、住宅街の中にささやかにあった。
引き戸を開けて入るとこざっぱりとしたとても気持ちの良い店内で、入るなり店の人が「せっかく来ていただいたのに、もう種類が少なくてすみません」とこれまたとても気持ちよく声をかけてくれた。

そこは珍しく、自分でショーウィンドウの扉を開けて中のパンを取る、という方式で私はそれも気に入った。

3つのパンを取ってレジに行くと、違うスタッフさんがまた同様に声をかけてくれた。
いまの私には、その感じのよさと気配りに触れられたことが何よりも心に沁みた。
帰りもわざわざ扉を開けて見送ってくれ、私は一気に好きになった。このお店に来てよかった。

好きな店がある、ということは、それだけで人生を大きく支えてくれることがあると思う。だから私は昔からお店というものがとても好きだ、ジャンルに関わらず。

もしかしたら私も何かそのような場所を自分で作りたいのかもしれないなあ、とも思う。でもビジョンが浮かばないから、そうだとしても今ではないのだろう。

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わざわざ少し遠くまで歩いて、川を見ながらカレーパンとクリームパンを食べた。

学生の頃広瀬側が割と近くにあり、私はよく河原へ行っていた。
友達と駄弁るとき、ひとり考えごとをしたいとき、高校で好きな人に振られたときも、友達と学校をさぼって1日広瀬川にいた。
私は広瀬川がものすごく好きだし、今でもあの川を見ると心の拠り所という感じがする。

東京に住んでいるいまも、幸い近くに川があるのだけど、残念ながらそういう存在にはなっていない。やはりこういうときは広瀬川が恋しいな、と思う。

東京に住んで5年、いつ離れるかはわからないけど、そういうお店や場所をもっとコツコツとためておきたいな。こういうときのために。


そのあとも家に帰りたくなくて、日が暮れたあとも家の下でチャリに乗り換えてノロノロ適当に走っていたのだが、普段通らない公園のベンチで女の子が男の子の上に跨った学生カップルが堂々とイチャついてるのを見てしまい、何だかものすごく心が萎えてそのまま帰ってきた。
それぞれがそれぞれのときを過ごしているなあ、と感じた。