きゃの録

きゃのの備忘録。

次男坊モルの死に想うこと

6/18、我が家の次男坊モルモットが虹の橋を渡って行った。6歳2ヶ月だった。

昨年末からお腹から水音のようなものがするようになって、病院でも診てもらったけれど、年齢も年齢であること(そのときで5歳半すぎ)と、何かお腹に石のようなものができているのは間違いないが、取るとなると手術がものすごく負担になってしまうのでご判断にお任せします、という感じだったので、長男坊モルモットの闘病の経験から次男坊は無理に延命せず、自然に寿命で逝かせてあげようということに決めていた。

なので、その頃からいつも心の隅にはそのことを留めていたし、いつそのときが来てもいいようにできるだけ写真も撮り、思った時にはいつも「かわいいね~!」と声をかけて頬ずりしていた。

だから、18日に突然そのときが来たときも、覚悟はできていた。

前日までは普通に過ごしていた彼は、気付いたときには水飲み口の下で見たことのない力を入れた体勢でたたずんでいて、抱き上げるとすでに身体が少し硬直していた。
慌てて抱っこすると、ぽたぽたと口から水が垂れた。
最初は口に入れた水が飲み込めなかったのかと思っていたけど、その後抱き続けている間に、それが体内から絶えず出てきているものだとわかった。

モルモットはそもそも吐けない動物であることと、その出ている液体から、長男坊のときに経験した死臭がしたことで、より彼とのお別れが近いことを悟った。

病院に連れて行くことも考えたが、連れて行く間や、病院で一時的に預けている間にもし息を引き取ってしまったらと思うと可哀想だし怖かった。
長男坊のときは、危ない中ほんの1時間仮眠を取った間に逝ってしまった経験からも、次男坊は絶対に最期を看取ってあげたかった。

彼はそこから2時間ほど、ずっと腕に身体を預けながら液体を吐き続け、途中少し落ち着いて上体を起こして部屋に帰るアピールをし、部屋に戻すと足をガクガクさせながら歩いて部屋でペタッとするもやはり吐いていたので、また腕の中に抱いて身体を撫で続けた。

そのときには、もう明らかに呼吸数が減っていた。
そのうち下半身が何回か痙攣して、さっきまでは声が出なかったのに鳴き始めた。そして下半身が動かなくなり、上半身は意識のある目をしていたのでずっと声をかけながら撫で続けた。気づいたときには、彼は口を大きく開けて息を引き取っていた。

ものすごく悲しかったし、泣いたけれど、今回はちゃんと最後まで傍にいてあげられたという安堵の気持ちもあった。実はこの日は、主人が珍しく泊まりの日で、せっかくだから私もひとりで遠出でもしてみようかと思っていたのだ。

もし万が一早いうちに家を出てしまっていたら、私は次男坊の死の兆候に全く気づかず、帰ってきて彼の倒れている姿を目にすることになっただろう。
そうしたら、後悔はとんでもなく大きいものになっていたと思う。

長男坊の経験もあって、私は比較的落ち着いてその後の準備を進めた。
彼をアイスノンで冷やして寝かせ、花を買ってきて飾り、好きなものをお供えして、ロウソクを灯し、ハワイアンミュージックを流した(これは個人の趣向によるもの)。

それから、2日後に火葬をすることを決めて、調べ始めた。
長男坊のときの葬儀屋さんがとてもよかったのでそこにお願いしようと思っていたのだけど、調べると長男のときよりもかなりペット葬儀屋さんの数が多くなっており、念のためいろいろと見てみた。

ここでなぜか、口コミなどを見て、お願いしたい時間帯のことなどもあり他のところにしてしまったのだが、結果から言うとこれが大きな失敗だった。

先にひとつ言わせてもらうと、決して悪徳だったとかではない。電話対応はよかったし、実際によい口コミもあり、日々の業務の様子もブログで紹介されていた。

でも選ぶ段階で、少し違和感のあるところがいくつかあった。直感で何か違和感があるときは、大抵やめておいた方がかなりの確率で正解である(と誰かも言っていた)。
そうわかっていたのに、トータル的に条件のいい方で考えてしまい結局私はそこにしたのだ。

だけど、実際に火葬の際に来たスタッフに会って、完全に失敗だったと確信した。
長男坊のときには本当に温かい心遣いや気配りがあったのだが、今回のところからはそれが全く感じられなかった。

弔うというよりも、仕事としてただその業務をこなしていることが言葉や態度からひしひしと感じられた。私は、とにかく無事に骨が残ってくれることを祈った。

結果、骨はちゃんと残っていた。だけど、最後まで長男坊のときとの違いをいろいろと感じざるを得なかった。スタッフはただ慌ただしく帰っていった。

私の中では、看取った時にはまだ落ち着いていた気持ちがだんだんもやもやしていくのを感じた。そして、あまりにも不安になりもう一度調べると、長男坊をお願いしたところのサイトにこんな注意喚起文が書かれているのを見つけた。

”移動火葬事業によくみられる、外注専門店、全国展開フランチャイズ店などには十分ご注意ください”(少し変えています)

嫌な予感がして調べていくと、今回お願いしたところのフランチャイズ案内資料が出てきた。そこで、私は自分の失敗を悟った。そこから涙が止まらなくなった。

私は、スマホだけのサーチで決めてしまったことを悔やんだ。もちろん長男坊のところも見ていたが、その注意喚起文はスマホのときには全く気が付かなかった。
それでも、結構なサーチはしたつもりだったが、なんでPCでちゃんと見なかったのか自分を責めた。

気の持ちようをどうすればいいかわからなくなった私は、本棚に向かっていた。
10年以上前に心の拠り所にし、少なくともここ5年は全く読まなくなって手放してしまおうかとさえ思っていた吉本ばななさんのエッセイに、愛犬との死がテーマの1冊があることを突然思い出したからだった(もっと詳しく言うと、最初に思い出したのは小説の「デッドエンドの思い出」の方だった)。

そこで、ここ最近はどんなに読もうと思ってもなかなか手が伸びず、1年に1冊くらいしか読んでいなかった書物というものを、猛烈に欲している自分を発見した。



実は、ちょうど今日の昼間に昨日見逃した『セブンルール』を配信で見ていた。
昨日は校閲者の牟田都子さんで、その中で牟田さんの言っていたこの言葉がとても強く印象に残っていた。

「そのすごいくたびれちゃってたときに吉本ばななさんのエッセイにしろ小説にしろ、それを読むのが本当に唯一の何も考えないで本の中にいていい時間みたいな
 すごい痛くてツラいんだけど、こんこんと湧いているあったかいお湯の中にいる間だけは痛くないからずっとこの中にいようみたいな感じ」



そして、私は意図せずまさにそうしていた。

人の命に対して自分がなにかしてあげられると思っている人も苦手。言うこときかないとおどす人も苦手。「こうしないとこうなる」という人もいや。あと、プロじゃない人もいや。プロっていうのは、自分の仕事だけを見つめている人のことだと思う。

引用:吉本ばなな『さようなら、ラブ子』


ああ、まさしくこれだ、と思った。
私は今回、プロじゃない人に愛する家族の最期を預けてしまったことに、猛烈に後悔しているんだ。それが嫌だったから、ちゃんと調べたはずだったのに。見誤ってしまった自分が許せないんだ。

そして、お風呂で気が済むまで泣いた。


少し落ち着くと、救いを求めたネットの中に「もし自分が亡くなったとしても、お骨がどんなだったとしても気にしない。だって自分はもう死んでいるのだから」というような一文があった。自分に当てはめて考えてみる。確かに私は気にならなかった。

それよりも、亡くなってからも思い出してくれたり、忘れずに心の中にいてくれた方が何倍もいいな、と思った。

火葬のことは本当に悔しいが、もうどうしたってやり直すことはできない。
それなら、その分これから何ができるのかを考えよう。
そしてもう次は同じ過ちをしないように心に留めるしかない。

と、ここまで書いてだいぶ自分の気持ちが整理された。
そして、ここでも思い出した。
もともと、こういうことを書くために私はブログを書いていたんだと。

何か外に向けておもしろいことを書こうとか、うまいことを言ってやろうとか思って書き始めると、大抵ブログは行き詰った。

そうじゃなくて、自分の心を書き留めたり、こうして文を書くことで落ち着いたり整理したり、何よりも自分を救うために書いていたんだと、いまさらながら実感した。

小さな身体で大切なことをいろいろ思い出させてくれた次男坊には、最後まで感謝しかない。そして、明日からも長男坊と合わせていろいろとしてあげよう。