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きゃの録

きゃのの備忘録。

新しい季節を迎えた君へ

気づけば前回の記事から実に2ヶ月が空いていた。
相変わらず絵に描いたようなダメな生活を送っている私だが、桜も咲いて友人の子も入学式を迎え、さっき風呂に入っていたらふと浮かんだことがあったので書いてみる。

小・中学校と同じだった彼女に再会したのは、25、6の頃。
働いていた近場のショッピングセンターの雑貨屋で、彼女は母親と一緒に買い物に来た。
彼女も私も全然変わっておらず、学生の頃はあまり接点がなかったのだがその後も何度か来店し、連絡先を交換してお茶をすることになった。

彼女は当時大人びていて、いつも女子の中でも目立つグループにいた。
私はそういうグループが苦手で、全然違う世界の人だなあと思っていた。
いわゆるスクールカーストというやつ。

近場のミスドで会った彼女は、すでに結婚していることや、相手の家族と合わずいろいろあったこと、さらに旦那さんが仕事で精神的にやられてしまい、大変な思いをして退職したことなどを話してくれた。

そして何より驚いたのは、当時彼女はそのグループも、もともと人と関わること自体も本当は苦手で、当時の人たちに自分がいまどうしているかも知られたくないのでSNSなども一切やっていない、ということだった。

彼女は私なんかとは全然違うと思っていたのに、本当は大した壁などはなくて同じようなことを悩んでいる不器用なひとりの少女だった、という事実は私にとって結構衝撃だった。
そして、初めてお茶をした彼女はとても親近感があって喋りやすく、10年以上の時を経て同級生と仲良くなるなんて不思議だなあと思いながらまたお茶しようと言って別れた。

残念なことに、その後彼女との唯一の連絡手段だった携帯そのものを紛失してしまい、その術を失ってしまったので彼女とはそれっきりになってしまったのだが、今でもときどき何してるかな、会いたいなと思ったりする。

中学は私にとって暗黒時代そのものだったのだが、これまた何の因果か中学の同級生と私は結婚し、切っても切れないものになってしまった。

特にその暗黒の元凶だった部活の呪縛は卒業後も軽く5年以上は続き、もうこの先忘れることなんてないのかもとも思ったが、30半ばになった今ほとんど思い出すこともなくなった。

あの頃私は自分がどうにかなっちゃえばいいのに、と思っていた。
どうにかなってしまえば、逃げても許される口実になる、そんな風に思っていた。
でもどうにかならなかったので、ひたすら耐えるしかなかった。当時部活を途中で辞めるというのは自分にとってものすごい悪で、辞めてしまったら明日から学校の中で生きていけない、それくらいのことに思っていた。
学校というのは、ひたすらに狭くて、だけどあの年齢の私にとっては全社会だった。

でも今ならあの頃の私に言える。
別に逃げてもいいよ、自分が壊れるくらいなら部活なんて行かなくていいよ。
辛ければ学校も行かなくてもいいし、親が理解してくれなければ家出してもいいかもしれない。
だってそこは本当に小さな世界で、あなたが楽しく生きていける世界は絶対に他にあるはずなんだから。

その後も20代は持病に苦しんで仕事もロクに続けられなかったし、30代ではまさしく彼女と同じように旦那が休職、離婚危機などを経て、さらに稀な脳腫瘍が発覚して手術したりもしたけど、今の私は割と楽しく人生を送っている。

だから人生なんてどうなるかわからない。

もし、小さな社会の中で苦しんでいる人がいたら、あなたがまぶしく思えているあの人ももしかしたら同じように悩んでいるかもしれないし、その場所が絶対なんてことは決してないと伝えたい。自分が死ぬことに比べたら、その場から逃げることはそのときはしんどくても全然恥ずかしいことじゃない。逃げると思っているから辛くなる。そこからいないくなるというただの一つの選択肢くらいに思ったらいい。


全く会っていなくても、何してるかな、会いたいなと思う人には長い時間かかっても会えることが結構多い。実は旦那もそのひとり。15年以上経って会えた人もいる。


もうあのお茶からは10年経ってしまったが、だからきっと彼女にもまた会えるかもしれないなと密かに思ったりしている。